ガラスの棺 第1話 |
ここは、矜持と尊厳を持って人々を平和へと導くために用意された場所だった。 侵略戦争によって苦しめられた者、いつ侵略されるかと怯えていた者、侵略者に立ち向かった者、立場は様々あれど皆戦争に苦しめられた者達が、二度と戦争が起きないようにと、対話をするために用意された場所だった。 この世界は、長い間たった1国に苦しめられていた。 神聖ブリタニア帝国98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアによって始められた侵略戦争は、世界の1/3を占めるまでとなり、99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの手でその野望は完遂され、世界征服がなされた。 凶悪な力を前に、世界はルルーシュの前に膝をつかざるを得なかった。 その時の事を、誰もが知っているはずだった。 その時の苦しみを。 その時の憎しみを。 その時の悲しみを。 その時の恐怖を。 この世界に生きる者たちは等しく、感じていたはずだった。 強者が振るう力による支配。 その愚かさを皆が知っているはずだった。 だからこそ、争うのではなく話し合いを。 武力で相手を抑えるのではなく、対話を。 そのための場も、手段も、全て用意されている事に疑問を感じることなく 世界は話し合いのテーブルについた。 だが、それが保ったのは5年。 たった、5年だった。 それぞれが自国に誇りを持ち、各国が手を取り合い優しい世界を築く筈のこの場所は、今聞くに堪えない暴言が飛び交う争いの場となっていた。 今日の発端は日本だった。 先代、先々代が犯した罪を償え、謝罪しろと現首相の扇要がブリタニア代表のナナリー・ヴィ・ブリタニアに怒鳴りつけたのだ。 侵略地となっていた事もそうだが、霊峰富士への被害も含め、全てはブリタニアに非がある。だからこちらが提示する条件を全て呑めというあり得ない要求だった。 最初、ナナリーは冷静に対応していた。 「先代、先々代の罪は詫びます。ですがブリタニアは、先代ルルーシュの悪政により・・・」 そこまで話した途端、扇は立ち上がり怒鳴りつけた。 「言い訳はいらないし、ブリタニアに選択券は無い!こちらの要求を全て呑んでもらう!日本はずっと苦しんでいたのだから、相応の賠償を要求する権利がある!例え政権が変わったとしても、ブリタニアの罪は変わらない!それにペンドラゴンが消滅したのは自業自得だ!こちらも東京が消滅していることを忘れるな!当然、これもブリタニアの罪だから、責任はとってもらう!日本は被害者で、ブリタニアは加害者だ!ブリタニアは、これからずっと、一生日本に対して責任を取る義務がある!」 この件だけで終わると思うな! 一方的で上から目線の物言いに、ナナリーはすっと目を細めた。 一国の代表が同じく代表に対して意見をいうのはいい。だが、その物言いは代表にふさわしいものとは到底思えないものだった。なにより、話し合いの場であるはずなのに、話し合いを拒否し、要求だけを一方的に突き付けられ、はいそうですかとなるはずもなく、当然の結果として口論が始まった。最初は二人の争いが、三人、四人となり、今は中華連邦の天子を除く全員が声を荒げた。傍に控えていたシャンリーが、中華連邦が非難された時に争いに参加しかけたが、天子はそれを制した。 「こんな愚かな争いに参加する必要などありません。彼のお方がどれほどの思いでこの場を作り上げたか、どれほどの御覚悟を持って全てを壊したのか、皆忘れてしまったのですね」 悲しげに放たれた言葉は、側近以外の耳に入る事は無かった。 超合集国の議長であるカグヤでさえ怒声を発する中、静寂を保ち口を閉ざしている天子と、騒ぎを静かに見つめているゼロとシュナイゼルの姿が印象に残った。 たった5年。 のど元過ぎれば熱さ忘れるという言葉がある様に、侵略戦争、そして世界征服。それらで学んだあらゆる負の遺産を彼らは既に忘れてしまったのだろうか。 ふと明るさを感じ視線を向けると、ゼロとシュナイゼルが扉を開け外へと出ていく所だった。扉から洩れた自然の光が眩しく、思わず目を細めた。 暫く後に、天子も無言のままここを離れた。 幼いころに数多くの辛い経験をした彼女は、ゼロに・・・ルルーシュに見られても恥ずかしくないような政治をこころがけ、忙しい日々を送っている事を知っている。その彼女から見れば、同じく全てを知るはずのカグヤと扇、ナナリー達がこの馬鹿騒ぎに加わっている事は見るに堪えないのだろう。 ・・・私も同じだった。 こんなもの、ルルーシュが望んでいた優しい世界ではない。 こんなナナリーちゃんを見たらルルーシュは悲しむだろう。 こんな扇さんを見たら、ルルーシュは苦しむだろう。 ゼロの目がある事さえもう気にすること無く、相手を口汚く罵り合う彼らは、とてもではないが為政者とは呼べない。 私がここにいたのはゼロと同じで、黒の騎士団零番対隊長にして、英雄ゼロの親衛隊隊長、そしてナイトオブゼロ枢木スザクを打ち倒した、最強の騎士と言われている紅月カレンが見ていることが、彼らの争いを思い留めるための抑止効果になっていたからだ。だが、その効果は年々薄れ、いまはこの有様だ。 止めることは容易いだろう。 それだけの発言力は、まだ私にもある。 当然、ゼロにも。 だが、ゼロとシュナイゼルが立ち去ったということは、そういうことなのだ。 私もまた、迷うことなく会場を後にした。 |